◆遠い思い出6
少し前の ダラダラ長雨 どこへやら
ここの所 ずっと良い天気が続いています
今日は 10/10 昔なら 体育の日 って事かな
前回の 東京オリンピック開催日
覚えていますよ 小学校1年だったか
小学校 お休みになったのですよ
世界中の秋晴れを 全部東京に持ってきたような
素晴らしい秋日和であります
素晴らしい アナウンスと共に 始まりました
詳細 真偽 わかりませんが
実は 予想では あまり天気が良く無いと
どなたか 強く主張して 開催日 決まったようです
ブルーインパルスも 出動 見事に 五輪 描きましたね
練習では ほぼ成功せず 一発勝負 と言う感じだったそうです
最近では 飛行機の性能も パイロット技術も 格段に向上して
見事な 編隊飛行 見せてくれますけどね
確か 世界初の試み?
マラソン・円谷選手 女子バレー・東洋の魔女
記憶にありますよ
あのオリンピック前 昭和36年頃から 日本が 東京が 変わりました
何より 綺麗になった 本当の意味で 戦後の始まりでした
さて 遠い思い出の続き
氷雪の門の話は ずっと後の事なので
東京に帰って 釜飯の彼女に 連絡をとりました
中学も 高校も 違いますが 近所といえば近所
個人塾でしたが 結構有名 優秀な塾で
噂で 結構広い範囲から 口コミで 集まってくるのです
特に 私の学年は 凄かったですよ その後 大学は
東大 一橋大 東京外語大 千葉大 横浜国大 等々
早稲田 慶應 北里 中央 青山 明治 等々
各複数人 合格しています
まあ 彼女とは その後5年以上 お付き合い
今の妻とは もう45年以上 長いですね
人生の大半 人生そのもの と言っても良い
ただ 彼女は 16から22まで 青春そのもの
お互いの両親も公認 もちろん 結婚もね
ただ 名曲 22歳の別れ そのものでしたよ

5年の月日が長すぎた春 でしたね
そもそも 交際は 彼女の親に 大反対されていて
彼女 高校卒業後 看護婦 目指して 看護学校に
王子 飛鳥山に 大蔵省附属?看護学校 と言うのがありまして
色々あって 私がアドバイスして そこに入学
その後 無事に卒業 附属病院に勤務
その頃から 親御さんに認められて
一度 彼女のご両親にも 会いに行きました
当時 彼女の父親 東洋ゴム? という会社に務めていて
福島の矢吹 と言う所に 引っ越しまして
そこまで 会いに行きましたよ
その時も 彼女の部屋に泊まりました
私は お酒が強い方で 彼女の父親 そこまで強く無い
ただ 私の前では 気が張っていて だいぶ飲んだようで
翌日 二日酔いで ダウン していました
で 翌日は 彼女の母親と3人でドライブしたり
それ以来認められて 大学卒業したら 結婚 とか
でも 許されない関係が 許されると
何か 気の緩みというか 安心してしまう
ある時 些細なことで喧嘩して
いつもは デート帰り 駅から寮まで 送るのですが
その時 駅までで終わって 別れました
その日から なんとなくね
大蔵省附属と言う事で まあ 患者さんエリート ですよ
結構 助平親父 いたそうですが
それはともかく そのボンボン息子 がいて
正直 売れないミュージシャン で 遊び人?
職場仲間の 合コン?で誘われて その人と出会って
刺激があったと言っていました
・・・私は 今まで守られていた ちょっと 籠の外に
って まあ 振られてしまいましたよ
当時 母親が病気がちで 父親曰く ガンで・・・
先日亡くなるまで その後50年近く生きていましたから
真偽は分かりませんけど
ちゃらんぽらんな私に なんとかもう少し真面目に と
親父が 嘘をついたのかも知れません
それは 彼女と別れる 3ヶ月ほど前のことです
私は 北海道旅行 計画していました
あの 北海道一人旅 印象に残っていたのもあり
そこで 正式に プロポーズしようと
真面目に仕事して 真面目に生きようと
そんな矢先の お別れでした
《掲載:2026.10.12》by GIN
葉羽 大蔵省所轄の病院は、現在の国際医療福祉大学三田病院に改組されました。
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