雑感 146に「顧客本位」と題して一度書きましたが、思うところがあり再び。なお、あくまでも私の感覚、思うところです。
最近は医師作家の作品を好んで読んでいますが、帚木蓬生もその一人で、彼は医療関連小説のみならず歴史小説も書いています。
文学賞受賞作品は読んでおくかと、「水神」「守教」(共に新潮文庫)「日御子」(講談社文庫)は読みました。が、内容はともかく、読むのに疲れるのですね。
帚木蓬生『水神』
それは何故かというと、空白行の少なさです。読むのに一区切りは空白行が適切ですが、それが数10頁先だったりするのです。思うに見開き2頁に1、2回空白行があるとリズム良く読めます。
誰かのエッセイで読みましたが、野坂昭如の本は真っ黒で、田中小実昌の本は真っ白と。野坂昭如の作品は漢字が多く、田中小実昌の作品は漢字が少ないということです。
野坂昭如『火垂るの墓』
野坂昭如の直木賞受賞作「アメリカひじき・火垂るの墓」(新潮文庫)は結構いい話と思いますが、数頁に亘って改行も句点「。」もなかったりして、読んでいて呼吸困難になるような感じでした。
短編ながら最後まで読めなかったのが黒田夏子の芥川賞作品「abさんご」(文春文庫)です。漢字が極端に少なく、全て自分の頭の中で漢字に変換ということで挫折。
黒田夏子『abさんご』
横書きの小説は初めてでしたが、日本ペンクラブの「電子文藝館」収載の作品は横書きながら普通に読めますから、原因は横書きではなく、やはり漢字が少な過ぎるからでした。
作者なりのこだわりがあるのかと思いますが、読み手としては全くの迷惑です。
小説を生業(なりわい)とするならば、誰のおかげで生業とできているのか、それをよく考えるべきと思います。